今日、友人のあるヤリマンが死んだ。あるいは昨日だったのかも知れない。彼女の最期の恋人は生粋の死姦マニアだったので、おそらくは昨日で、彼からメールが来たのは夜通しメイクラブした後だったのだろう。その知らせを受信した時、姉はいかにも麻薬中毒の娼婦らしい笑みでポテトチップスを頬張っていた。
「ぬおおおこれは死よ!死の形をしている!!」
そう叫んでいるが、実際は何の変哲もないオーザクの破片だ。数週間前からずっとこの調子で、死だの悪魔だのメトロだのマンハッタンだのの形をあらゆる食べ物に見出してはデタラメに噛んで飲み込んでいる。しかしタイミング的に姉の戯言は胸に迫るものがあった。
「ヤリマンが死んだよ」
そう告げるが、当然返事は無い。姉は今やコンデンスミルクをコカインのように鼻孔から吸引し、ゲホゲホと噎せ込んでいる真っ最中だった。
長い沈黙。煙草に火をつけて、電灯に向かって吐いた。テレビでは広島カープのフェルナンデスが投げている。彼がゲイか否かと考える。ゲイ感で言えば、外人部門では元阪神のスペンサーと同程度ぐらいなのだろうか。専門外なので判断がつきかねる。
「ヤリマンって、あの視聴者参加型の?」
かなりの時間差を経て姉が聞き返してきた。さっきまで喚き散らしては咳き込んでいたあの声とは対照的な、か細くも鋭い声だった。鼻からコンデンスミルクを垂らしている姉の澄んだ目が、絵画を見るように見開き、僕を見据えていた。それに強く惹き込まれて僕は狼狽した。もちろん言っている内容は全く判らないけれども。
「うん、そう、マジカル頭脳パワーみたいな」
と相槌を打ってみたが、
「マジカル頭脳パワーは視聴者参加型じゃないでしょ!!バカねあんたは!!」
意外にも真っ当な反撃を受けてしまった。同時に、姉は泣き出してしまった。ソフトクリームを落としたピカチュウのような、ひどく悲しい泣き方だった。つられて僕も泣いた。ゴールデンタイムに泣くのは気分が良かった。しかし、これは姉が僕を侵蝕し始めている事実を露呈させているに他ならないということが脳裏をかすめると、途端に僕はトイレットに駆け込まなければならなくなった。
トイレットは酷く汚れている。扉を開けば悪臭の蒸し風呂状態。壁中には塗りつけられた便、尿とも付かぬ鼈甲色の水飴が床に斑を描き、カミキリムシやタマムシの死骸が一角に放置され山積みになっている。普段の僕ならばそこに姉との暮らしの集約をみるのだが、嘔吐の際に便器の蓋をひらけば、中には大抵の場合ワンダーランドが開設されているものだ。喉元に指を突っ込み、吐き続ける。締めに、ドロンとした黄色い胃液の塊までを躰から抉り出すと、気分は大分楽になった。蹲った姿勢のままで一息吐きながら、ふと、覗き込む。汲み取り式の底なしである。先程の吐瀉物はちゃんとブラザー達と仲良く出来ているだろうか出所が違うだけに心配だ、今日の夕飯何だったっけ素朴なものだったらよかったのだが、とはいえ今の段階に於いての有色同士の争いは無益であり彼らは手を取り合って清潔と戦っていくべきではないだろうか。等と考えているうちに、ある一つの欲望が僕を支配し、どうにも押さえられなくなっていた。
「こんにちはー、こんにちはー」
気づいた時には深淵に向かって呼びかけていた。
「誰か居ませんかー、僕ですよー、お母さんですよー」
僕の声だけが虚しく木霊し、消えていった。返事はなかった。何度か同じ呼びかけを試みるも、やはり何も無い。徐々に空っぽの胃袋の中で憤りが膨張し始めるのを感じた。
「このっ……流され損ないめ!クソのくせしやがって、俺の母性愛にガンジーの如く楯突こうってんだな!この恩知らずが!」
クソに対して思いつく限りの罵詈雑言を浴びせかけていると、ふとトイレットのドアをノックする音。ドアを開けて外に出ると、マヨネーズを口元にぶちまけた姉が、狂人を見るような目でこちらの顔を覗き込んだ。
「うんちに向かって何喚いてんの、あんた?」
先程まで気狂いそのものだった姉からの気狂い扱いに納得が行かなかったが、反面、同時に姉の「うんち」のイントネーションの瑞々しさを賛美しもした。
「それがね、うんちじゃなくて、ゲロだったんだよ。」
「知らないわよ、そんなの」
姉はそう答えると、げっぷをした。そして、途端に表情が明るくなり、以下のように至って簡潔に心境を述べた。
「カラオケ行きたいにゃん」
[マイポニー竹中 / ペニースミソン島津]